映画『教授のおかしな妄想殺人』の感想|うらやましい、けど気が狂ってる!

キャンパスで読書

ウディ・アレンの最新作。哲学科の教授エイブは生きる意味を見失い、アルコールに溺れる日々。だが、あるとき悪徳判事のことを耳にし、自らその判事を殺す計画を思いつく。それをきっかけに色あせていた人生が輝きすが……。

うつ病気味のインテリ中年男性と若い女性との恋愛という、ウディ・アレンにありがちな設定の作品。殺人が題材となっているがライトなノリで楽しめる。カントやキェルケゴール、ハイデガーといった哲学のちょっとした話もペダンチックでいい。

基本情報

原題:Irrational Man
公開:米 2015/日 2016
監督:ウディ・アレン
主演:ホアキン・フェニックス
エマ・ストーン
パーカー・ポージー

あらすじ

とある小さな街の大学に転任してきた哲学教授のエイブ・ルーカス。学会での評判は上々だが、人物的にはおかしな噂も。当人は生きる意味を見失い、キャンパスでもアルコールが手放せない。そんなエイブは大学で一人の学生と親密な関係となり、ある日、ダイナーで悪徳判事のうわさを耳にする。善良な母親に不利な判決を下そうとしている悪い判事、そいつを自ら殺してやろうと決意し、動きだすのだが……。

感想

哲学が題材?

ウディ・アレン作品には文学や精神分析、音楽や美術などの知識が散りばめられたペダンチックなものが多い。というか、ほとんどの作品はそうかもしれない。数年前に大ヒットした『ミッドナイト・イン・パリ』でも、印象派その他の画家がキャラクターとして出演していた。で、今回は哲学だ。のっけからイマニュエル・カントの言葉が引用される。

人間の理性は斥けることも答えることもできない問いによって悩まされる

『純粋理性批判』冒頭の有名な言葉だ。

また、作品中でもキェルケゴールやハイデガーといった哲学の話題ははしばしに登場する。これだけで、哲学好きとしては心をくすぐられるものがある。普通に生きていると音声として「キェルケゴール」だの「現象学」といった言葉を聞く機会はないから、それだけで嬉しくなってしまうのだ。

ただし、出てくる哲学者の名前と作品の内容とはほぼ関係がない。強いて言えば、カントの理性主義・道徳主義と主人公の非理性的な行動とが対比になっているくらい。むしろ、作品の内容と密接に関係しているのはドストエフスキーの『罪と罰』である。しかし、これについては未見の方のために、深く解説しない方がいいだろう。

ポップな殺人事件

本作のタイトルは『教授のおかしな妄想殺人』だが、実際に殺人は起こる。だが、非常にあっさりしている。ポップでライトな殺人事件と言ってもいい。いわゆるサスペンスのようなノリではない。殺人事件に対し、作中の人物はそれぞれ恐怖を感じたり道徳的な非難をぶつけたりはするのだが、描き方が意外なほどあっさりしている。何というか、殺人事件でさえ、ちょっとした日常の出来事みたいな感じ。実際、その殺人計画を練っているときにもカフェでかかっていそうな軽快なBGMが流れていたりするのだ。

こういうウディ・アレン監督の演出を見ていると、非常に人生を俯瞰した目で見られるようになる。人生、いろいろあるさ。そう思える。ちょっとの不幸くらいなんだろうか?

重々しい音楽や演出なしに描かれる殺人事件。こういう映画は邦画ではまず見られないし、ハリウッド映画にもないだろう。だから、またウディ・アレン映画を観たくなる。

エマ・ストーンのかわいさ

私はこの映画で初めてエマ・ストーンを知ったのだが、この女優、美しい! 『ロスト・イン・トランスレーション』で見たスカーレット・ヨハンソンくらい美しい。いかにも聡明な大学生といった感じ。けど、ガチガチの真面目ちゃんではなくて、幼さや不安定さを残している絶妙な感じ。いい、すごくいい! そんなエマと恋愛できちゃうエイブ教授がうらやましすぎる。日本の大学で(アメリカでも?)教授と学生がキャンパスでどうどうと仲よくするとか絶対無理だけども。

それから、この『教授のおかしな妄想殺人』は全体的に画面がおしゃれ。全部キャプチャしてインスタグラムに載せても不自然じゃない。というか、色合いがきわめてインスタのそれに似ている。これは意識してのものだろうか?

とにかく、問題を抱えた中年男性と利発な女子学生の危うい恋愛というのはかなり惹かれるものがある。物語の型として、そういう設定は昔からあるのかもしれない。

ここが残念

強いて不満な点を挙げるなら、全体としてライトすぎたところ。同じウディ・アレン監督の作品で言うと、『マッチポイント』は重すぎるけど、この作品はちょっと物足りない。個人的には『恋のロンドン狂騒曲』がいちばん好きなので、あのくらい重たい内容でもよかったかも。

また、哲学教授を主人公にしていながら大学内の人事や人間関係がほとんど描かれなかったのも物足りない。他の哲学科教授や事務との関係もあればより楽しめたかも。とはいえ、それをやるとさらに一般ウケから遠ざかってしまいそうな気はするが。

関連作品

『恋のロンドン狂騒曲』(米 2010/日 2012)

ウディ・アレン監督のコメディ映画。コメディというのはハードな内容で、登場人物すべてが人生の困難に直面する。だが、普通なら「人生終わった」と思うような出来事までポップな筆致で描くウディ・アレンの飄々とした態度には脱帽。

『ロスト・イン・トランスレーション』(米 2003/日 2004)

生きる意味を失った中年男と哲学科の若い女性という意味で紹介。殺人はおろかたいした出来事も起こらないが、主人公の男女が日本を舞台にあちこち動き回る様子が楽しい。冒頭、スカーレット・ヨハンソンが「あるアングル」で画面に映るのだが、そのシーンはこれまで見たあらゆる映像作品の中でもっともエロいと思う。

『ダイヤモンドは傷つかない』(1982)

日本版「インテリ中年と利発な女子大生モノ」である。山崎努、田中美佐子、加賀まりこ、朝丘雪路という豪華メンバー。在りし日の大学受験が題材となっており、自分が生まれる前の作品ながら懐かしさを覚える。にしても、破滅型の中年男の魅力ってのはすごいものがある。現代には、そういう男はいないのかもしれないが……。

まとめ

ウディ・アレン作品が好きなら、この映画は観て損はない。大傑作ではないが、決して失敗作でもない。また、キャンパスが舞台となっていたりアカデミックな知識があしらわれた作品が好きな場合も観て損はない。94分と短めなのもいい。

ただし、やはり少し物足りない、食い足りない感じは残る。後半、ああなるんじゃなくて、もっとこう主人公をいい感じに追い詰めていくとか、あるいは逆に、驚くような仕方で助かるとか……なににせよ、もう一展開欲しかった気はする。