映画『メアリと魔女の花』の感想|これぞ、皆が大好きなヤツ!【ネタバレあり】

積乱雲

魔女、ふたたび。

宮崎駿監督が去り、ジブリは消滅。しかし、そこから独立した人々で作られたスタジオポノックから、ついに長編第一作がお目見えした。タイトルには「魔女」の二文字、そしてなじみあるあの絵柄。ジブリ映画、宮崎映画好きなら、心躍らずにはいられない。主題歌はSEKAI NO OWARI「RAIN」。

11歳の小さな女の子が魔女になって飛び、魔法を操る物語。その感想をさっそく綴ってみよう。ネタバレは最後に。

基本情報

題名:メアリと魔女の花
公開年:2017年7月8日
監督:米林宏昌(よねばやし ひろまさ)
原作:メアリー・スチュアート『The Little Broomstick』
出演声優:杉咲花・神木隆之介・天海祐希・満島ひかり・小日向文世・佐藤二朗・遠藤憲一・渡辺えり・大竹しのぶ

あらすじ【導入部分】

11歳の少女メアリ・スミスは大叔母さんのシャーロットが住む赤い館に引っ越してきた。が、新学期の開始前、ゲームもテレビもない家で退屈していた。

そんなとき、メアリは12歳の少年ピーターに出会い、その飼い猫のティブとギブを追って森の中へと迷い込む。そこで青い光を発する不思議な花を発見。花の名は「夜間飛行」といい、不思議な力を秘めた花だった。メアリは何も知らず夜間飛行の力を得て、近くにあった箒が勝手に動き出す。すると、メアリとティブを乗せた箒は空高く舞い上がり、積乱雲の中にある魔女の国へ入る。

そこにあったのはエリート魔女養成機関のエンドア大学。そこでメアリは校長のマダム・マンブルチュークに出会い、「100年に一人の天才」と褒められて有頂天に。だが、あの不思議な花「夜間飛行」を持っていることを知ると校長の態度は豹変し、それを渡すようにメアリに迫る。

大学の規則を破ったメアリは別のものに変えられてしまう魔法をかけられそうになるが、何とか自宅へと戻る。しかし、自らの不注意のせいで、ピーターを人質に取られてしまった。ピーターを取り戻すべく、メアリは再び「夜間飛行」の力を使って、エンドア大学をめざすが……。

感想

重複する部分もあるが、3つのポイントに絞って感想をお伝えしよう。

スタジオポノック、ジブリ映画の要素は……

もともとスタジオジブリにいて『借りぐらしのアリエッティ』と『思い出のマーニー』を監督した米林監督の最新作品。しかも、他のスタッフのジブリ作品に関わったメンバーが多数。となると、この作品に私たちが求めるのは、やっぱりこういうことだろう。

宮崎駿映画みたいなのが観たい!

この要求に対して、『メアリと魔女の花』は「おっしゃ、やったるで!」との態度を表明しているように見える。というのも、キャッチコピーが「魔女、ふたたび。」だからだ。「ふたたび」というのはこの作品内のことを指してるようにも取れるが、やはりどう考えても宮崎駿の『魔女の宅急便』を意識している。

実際に観てみて、ジブリの要素があるかというと……もう、満載だった!

『魔女の宅急便』での、箒での飛行シーン、落下シーン、『千と千尋の神隠し』でのわちゃわちゃした異世界観、奇妙な生き物、『ハウルの動く城』や『天空の城ラピュタ』の巨大で異形な建物、さらには『となりのトトロ』での里山の感じなど、随所にジブリ・エッセンスが散りばめられていた。

しょっぱな、メアリが入居した家の大叔母さんとその使用人らしき女性が出てくるのだけれど、その二人はもう完全に『魔女の宅急便』に出てきたあの上品なおばあさんとヤンチャっぽいおばあさんそのものである。

こうしたやり方に対して「ジブリのパクり」とか「魔女の宅急便のパクり」という意見もあるが、そもそもスタッフは元ジブリが多数なわけだし、期待されていることでもあるので、「パクり」という批判は当たらない気がする。のれん分けして新規開店したラーメン屋の味が本家と似ていても、それをパクりとは言わない、みたいな感じ。

まあ、新しいスタジオで作るのだから、従来のジブリ感を払拭するという道もあっただろうが、この作品では完全にジブリを踏襲している。で、ジブリ好きとしてはそれが嬉しい。しかも、決して劣化コピーではなく、素直におもしろいと思える作品となっている。

飛行シーン、いいね!

魔女と言えば、箒で空を飛ぶものだ。ジブリと言えば、キャラクターが空を飛ぶものだ。そして私は空を飛ぶ映画が大好きだ。なので、この作品でいちばん気になったのは「飛行シーンが楽しいか?」だった。結論からいえば、うん、まあ満足!

『魔女の宅急便』では、一応主人公のキキはすでに修行をした状態で飛んでいたが、今回のメアリはそもそも魔女ではないので、急に飛ぶことになる。個人的にはいろいろ修行をしてからだんだん乗れるようになるという方が好きなのだが、しかし、今作での最初の飛行シーンはけっこうよかった。メアリの驚く感じ、勝手に雲の上まで連れてかれちゃう感じがイイ!

ただ、100%満足かというと、そこまでではなかった。比べてしまうと、やっぱり『魔女の宅急便』の方がいい。キキの方が飛び方にバリエーションが多く、メアリはそこには及ばない。宅配業者としてやってるキキと1日だけのメアリを比べるのはかわいそうだが。

みんな大好き、爆発・異形・学園モノ

飛行以外にも、ジブリ映画に望むものはいくつかある。たとえば『天空の城ラピュタ』での、ロボット兵による大暴れやラピュタの崩壊、『千と千尋の神隠し』で出てきた異形の者たち、『コクリコ坂から』で描かれたファンタジックな学園などなど……ええ、全部、取り揃えられてございます。

いきなり冒頭から巨大な火災と爆発シーンがあるし、主人公は異形の敵に空中で追いかけられるし、主な舞台となるのはエンドア大学という学園で、そこにはさまざまな施設があって、授業があって、生徒たちが学んでいる。もはやオードブルのように、往年のジブリにあった要素がそろっている。

米林監督と言えばアリエッティとマーニーという、だいぶ落ち着いた作品を作っていた方だが、今回のメアリはだいぶ毛色が違う。正直、自分はアリエッティとマーニーはアクションも少なく、文学チックでそれほど楽しめなかったのだけれど、今作はド直球のエンターテイメントに仕上がっていて楽しい。

子供連れの家族で観に行ってもいいし、カップルで行ってもいいし、万人が楽しめる内容となっている。

ここが残念

『メアリと魔女の花』は全体として非常に楽しめて、満足だった。けれど、強いて残念なところを挙げるなら、学園要素が薄かったところ。

先ほども書いたように、この作品の主な舞台はエンドア大学という学園だ。そして、主要なキャラクターとしてその大学の校長と旦那も出てくる。その割には、学園のにぎやかな感じとか学生たちの存在感がほとんどないのだ。

一応、最初にメアリが大学に迷い込んだとき、校長が学内を案内し、いろいろ見せてくれる。そこではさまざまな授業が行われており、学食やレクリエーション施設もあって、この時点では楽しそうだ。『千と千尋の神隠し』で千尋が湯屋のメンバーとなったように、メアリも学生としてここで生活していくのかと期待する。

が、物語はそっちの方向へは行かず、それ以降、大学の学生というのは姿さえ見せない。メアリとピーターは校長夫婦と戦っていくわけだが、その間、たくさんいたはずの学生は物語に一切関わってこないのだ。ここが不満。

そもそもあの大学にいた学生たちは魔女を目指してるというが、魔女がこの作品世界の中でどんな位置づけなのかも一切語られないし、普通の学生がどうやってこの大学に入学してるのかも分からない。改めて考えると、エンドア大学のキャンパスや施設も今一つ魅力に欠ける。

そういう意味では、世界観の広がりに乏しかった

関連作品

ジブリの作品すべてが関連作品なのだが、ここでは特にメアリへの影響が色濃い2作を挙げておこう。あと、実写映画の中でいちばん好きな「飛行」モノも。

『魔女の宅急便』(1989)

説明不要の名作。個人的に、キャラクターが空を飛ぶアニメ作品としてはいちばん好き。メアリと比べると世界観も話の筋も現実的で、魔女とか魔法も現実になじんでいる。実写版も数年前に作られたが、それは見てはいけない。

『千と千尋の神隠し』(2001)

メアリに比べるとこちらの作品は湯屋という場のにぎやかさ、独特のムードがある。印象的なキャラクターも数多い。エレベーターだったり宴会場だったりお風呂場だったり、そういう空間にすごいリアリティがある。

『アイアンマン』(2008)

人間が飛ぶ実写映画としてはこれが最高。スーパーマンよりも、だ。アイアンマンがいいのは、主人公トニーが自分でスーツを作り、度重なる練習を経て飛ぶというところだろう。2はイマイチだが、3は私の好きな映画ナンバー1である。

まとめ

『メアリと魔女の花』はトータルとして非常に楽しめる作品だった。思いっきり感動するとか、これまで見た映画でナンバー1とかにはならないが、見てよかったと思える映画だ。まず、見て損はしない。退屈に思うこともないだろう。

一つひとつの要素はやや薄味だけれど、「魔女、ふたたび。」とのコピーで掻き立てられた期待はしっかりと満たしてくれる。楽しい飛行シーンもあるし、ぜひ劇場で見ておきたい作品だ。

ネタバレ

ピーターの奪還に向かったあと、メアリたちはどうなったのか?

人がよさそうに思われたエンドア大学の校長と旦那は、実は、生き物を思い通りに変身させる魔法を実現しようとしている悪い奴らだった! その実験のせいで、多数の生き物が無残な姿に変えられていたのだ。ピーターはその実験体にさせられるところだった。

真実を知ったメアリは、校長の家から持ち出していた魔法の本を使い、捕らえられていた動物たちを解放、みんなで逃げようとする。しかし、惜しいところでピーターを校長に取られてしまい、自身は学園の外へと放り出される。

箒に連れられてたどり着いた一軒の家に入ると、そこはなんと大叔母さんが昔住んでいた部屋。そこに入ると、姿見からあの大叔母さんがメアリに語り掛け、数十年前にあったことをすべて説明する。また、家に一つだけ残っていた「夜間飛行」をメアリに渡す。

解放した動物たちの助けも借りてふたたびエンドア大学へ戻ったメアリは彼らの実験現場に遭遇。しかし、ピーターへの実験はすでに実行されており、ピーターはあらゆる魔法が使える生物へと変身してしまった。

学園をめちゃくちゃに破壊し暴走するピーターだが、メアリはその変わり果てた生物の中から本体であるピーターをひっぱり出し、すべての魔法を無効にする魔法を発動。こうしてピーターは元に戻る。

メアリとピーターはわずかに残った魔法の力で箒に乗り、無事、帰路につくのだった。

追記:エンドア大学=スタジオジブリ説

上の記事を書いたあと、YouTubeでいろんな方のレビューを見ていたのだが、その中に気になるものがあった。『孤高のシネマ』というチャンネルでのメアリ評だ。このように指摘されていた。

「エンドア大学は、スタジオジブリのことではないか」

ああ、「なるほど」と思った。今まで気づかなかったのがアホかと思うほど、たしかにそうだ。米林監督はジブリを去って、新しいスタジオポノックでメアリを制作した。エンドア大学は、彼があとにしたジブリなのだ。

この前提に立つと、マダム・マンブルチューク校長は宮崎駿、ドクター・デイは鈴木敏夫プロデューサーに見えてくる。フラナガンが高畑勲か。ジブリのスタッフはエンドア大学の学生……いや、どちらかというと捕らえられた動物たち? もちろん、「魔法」というのは「アニメーション」のことになる。

『メアリと魔女の花』には、随所にジブリアニメへのオマージュが散りばめられている。いわば、それは魔法だ。夜間飛行を得たメアリのように、米林監督とスタジオポノックはジブリ的な要素を駆使している。だが、それは一夜限りのこと。メアリは本当は魔女じゃない。結局は、魔法も捨て、エンドア大学からも離れ、ひとりの人間として生きていくことになる。

この作品は、米林監督からジブリへの別れの言葉なのかもしれない。

……とはいえ、宮崎駿は引退を撤回し、ジブリはいま復活しようとしている。作中では、校長もドクター・デイも死んではいなかった。しかも、夜間飛行はまた7年後に咲くのだ。2つの意味で、次の戦いが楽しみになる。